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左: 蛭ヶ小島と山木の方向。手前の山が韮山城址、その影の兼隆館跡は見通せない。右から2本目の道あたりが推定される蛭島通りの位置か。
中: すぐ下の中央に願成就院本堂の屋根と山門が見える。山裾を左へ迂回すると堀越御所跡を経て狩野川本流と発掘中の北條館跡。
右: 狩野川が流れ下る北の方向。左奥が肥田地域で、山木攻めの一隊は肥田から右へ折れて牛鍬大路を南下し山木へ向かった。

左: 北西の北江間方向。中央左の山裾が義時菩提寺の北條寺、その右奥の平地が嫡男の安千代丸が大蛇に襲われた伝承の残る大池の跡。
中: 南東、田中山の方向。八重姫が入水した古川の上流が見える。山並みを縫う北條道を辿れば伊豆東海岸、宇佐美から伊東荘へと下る。
右: ほぼ南、中伊豆の方向。狩野川が右に曲がる左が加藤景廉・右が天野遠景の所領、手前の山を越えた一帯が大見家政の勢力範囲となる。