神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)は一族と軍勢を率いて日向を出発し、20年近くを費やして宇沙(大分県宇佐市)→ 阿岐国(広島)→ 吉備国(岡山一帯)→ 浪速国の白肩津(東大阪市)に上陸し、土豪の長髄彦(登美毘古・ながすねひこ)と戦って惨敗、兄の五瀬命(イツセ)は長髄彦の矢を受けた。五瀬命「我々は日の神の子なのに日(東)を向いて戦ったから敗れた。迂回して日を背にして戦おう」と語り南に向ったが男之水門(和歌山市)で没した。
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紀伊の熊野へ迂回した時に天照大神(あまてらすおおみかみ)と高木神(たかみむすび)が現れ、道案内の
八咫烏(wiki)と太刀を与えられた。神倭伊波礼毘古命は八咫烏の案内で熊野から宇陀に北上して土豪を征伐し、更に長髄彦を殺して畝火の白檮原宮(橿原の宮・現在の橿原神宮)で即位、初代の天皇・神武となった(生年は紀元前711年、没年は紀元前585年・享年126歳・在位76年)。
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宇陀は宇迦斯(エウカシ)と宇迦斯(オトウカシ)兄弟が支配していた土地。エウカシは罠を仕掛けて神倭伊波礼毘古命を殺そうとしたがオトウカシが危険を知らせ、エウカシは自分が仕掛けた罠で死んだ。宇迦斯に関わる「宇賀志」の地と宇賀神社は東南東5kmにあり、殺された宇迦斯の血が流れたと伝わる血原橋が宇賀志川に架かる。また、道案内の烏(高木神の曾孫・賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身)を祀った八咫烏神社は道の駅の北東4kmほど。