奥州三古関の一つ 勿来(なこそ)の関  

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史跡の所在地 右:代表的な史跡の所在地 略図      画像をクリック→拡大表示
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北国街道(山形県鶴岡市)の念珠の関(鼠ヶ関)、福島と栃木を結ぶ奥州街道の白河の関と並んで奥州三古関の一つに数えられるのが勿来の関。一般的には蝦夷 (wikiを参照)の南下を防ぐため設けられたと考えられている。
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江戸時代から福島県のいわき市勿来(なこそ)のエリアに関所があったと推定されており、いわき市では周辺に幾つかの観光施設を造っている。ただし考古学的な根拠はなく、建築様式も史実に依拠していないらしい。
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白河の関と同様に勿来の関も単に関所としてだけではなく、数多くの歌人に詠まれた「歌枕」としても名高い。「なこそ」は「来るなかれ」の意味があり、和歌では男女を隔てるもの・季節や風などを止めること・花が散るのを止めることなどとされ、平安時代から現代に至るまで多くの歌人・俳人に詠まれ続けている。
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代表的な和歌としては...
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  みるめ刈る 海女の往来の 湊路に 勿来関を われすえなくに  小野小町
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  九面や 潮満ちくれば 道もなし ここを勿来の 関といふらん  飛鳥井雅宣
                    満潮になったら道がなくなってしまう、だから勿来の関と呼ぶのだろう
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  吹風を なこその関と 思へども みちもせに散る 山桜かな  源義家
                    吹く風さえも勿来には来ないと思っていたが 風に吹かれ道の一面に桜が散っている
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  みちのくの 勿来へ入らむ 山がひに 梅干ふふむ あれとあがつま  斉藤茂吉
                    陸奥の勿来に向う山道で梅干を口に入れる私と妻

Wikipediaから引用・・・歌枕(うたまくら)とは、和歌に引証される地名のこと。大和朝廷以来親しまれてきた大和・山城の地名のほか、特に崇敬される神仏にゆかりの場所、歴史的な事件のあった場所、語呂合わせにより連想を誘う場所などがある。
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周辺の広域地図は こちら で。場所が違うかもと考えると趣が薄れてしまう。ここだったかも知れないと思うことにして、暫しの散策を。
しかし...推定の関所跡に建てられた 勿来関文学歴史館 は何とも下らない展示内容。すぐ下の大駐車場に併設されている吹風殿も、この場所にこの姿で建っている意味が全く感じられなかった。


     

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