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高市、税金の浪費と宗教団体の高額違法献金の追及を恐れ解散へ!
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Yahoo!ニュース週刊現代東洋経済Yahoo! を参考に。
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「中道勢力の結集」を目指す立憲と公明の新党 中道改革連合食料品の消費税率ゼロ が目玉公約!
総理就任後は「即効性がない」と否定した高市は 「2年間の食料品消費税率ゼロ」を検討中らしい (笑)
この女の政策は 国民生活の改善じゃなくて国民を騙す猿芝居の演出なのか?って言いたくなるね。
銭ゲバ 萩生田などの裏金議員を公認して 「みそぎは終わった」 と宣言する救済案 が高市の決裁だ
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前回は非難を受けた裏金議員も高市総理の子分になれば堂々の公認候補だ!
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萩生田光一 (東京24区) 高鳥修一 (新潟 5区)    小森卓郎 (石川 1区)   佐々木紀 (石川 2区)
稲田朋美 (福井 1区)    若林健太 (長野 1区)    宮下一郎 (長野 5区)   鈴木淳司 (愛知 7区)
青山周平 (愛知12区)   根本幸典 (愛知15区)  鈴木英敬 (三重 4区)  中山泰秀 (大阪 4区)
加納陽之助 (大阪10区)  宗清皇一 (大阪13区)  谷川とむ (大阪19区) 関芳弘 (兵庫 3区)
西村康稔 (兵庫 9区)    井原巧 (愛媛 2区)     宮内秀樹 (福岡 4区)   武田良太 (福岡11区)
加藤竜祥 (長崎 2区)
  有権者が 「NO!」 とした裏金議員を公認するのが高市の正義か?
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国費をバラ撒いて票を買い集めたい国民民主。財政の改善や福祉は無視だ。
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課税最低限が160万円の税収は一人 2~3万円で対象者は約 4,600万人で税収額は 1.2兆円。
この 「課税限度額」を玉木氏の主張通り 178万円に引き上げると税の減収は7兆円を超える
玉木氏はこの税収減を補う方策は何一つ提案せずバラ撒けば支持者が増えると狙ってる。
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この減税では中高額所得層が最も恩恵を受ける。貧困層救済より支持層の票集めが目的だ。
政治家として食料品の高騰対策を提案したか?主食の米価高騰を抑制する提案をしたのか?
物価高騰に苦しむ低所得層、病人、片親、生活困窮者、年金依存所帯は見捨てる玉木先生。

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高市は 支持率を利用して独裁体制を狙うトランプ並みの強権政治家だ。
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高市は腐った維新と組んで多数を狙う。創価学会や統一教会と組んだ安倍の腐敗と同質だ!
核武装の検討米価の高止まりを放置国債を増発して防衛費を増やす政策を計画してる。
太平洋戦争では軍人270万人と一般人 85万人 (日本国籍だった朝鮮人などを含む)が死んだ。
歴史学者の故 藤原彰一橋大名誉教授 (Wiki) は戦没軍人の6割以上の 160万人前後が戦病死で
「その大部分が餓死」
と述べた。靖国神社には戦犯14人が「昭和殉難者」として祀られている
数百万の犠牲者を出した責任者を 犠牲者と共に祀るのも、政治家が参拝するのも、異様だ。
高市は参拝を繰り返した。私は悲惨な戦争を指揮した軍人を崇敬する政治家は 信用しない。
    例えば、インパール作戦 (Wiki) を正視しよう。  資料 A級戦犯の詳細リスト

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公明党が自民党と連立した 26年間は 宗教団体のあるべき姿ではなかった。
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与党体制を維持したい 「ねじれ国会対策」 や 「選挙協力」 を続ける卑しさを見直した公明党。
魂を救済すべき宗教家が権力を是とする政権政党と組むという邪道にやっと気が付いたか。
26年間の政治を歪めた結果責任は重いが、間違った癒着の破棄に至った決断は評価できる。
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公明と立憲民主が新党設立。目玉政策は 「財源を作り 食料品の消費税は恒久的にゼロ」 だ。
慌てた自民も 「食料品の消費税ゼロ検討」
だと。予算も放り出した 嘘吐き高市 の言い逃れ。
店舗のシステム変更に一年必要とか消費税減税は即効性がないと反論してた女は誰だね (笑)



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桓武天皇像 左:桓武天皇絵像   比叡山延暦寺蔵 室町時代後期の作か
平安遷都を行った第50代桓武天皇を祖とする桓武平氏の他に、54代仁明天皇を祖とする仁明平氏・55代文徳天皇を祖とする文徳平氏・58代光孝天皇を祖とする光孝平氏の三流があるが、歴史に名を留めている大部分は葛原親王の子孫で、武士として活躍したのは高望王の子孫のみ。
惣領家が大掾氏を称した常陸平氏、平貞盛の四男維衡を祖とする伊勢平氏(清盛の系)、平良文の子孫である秩父平氏と坂東平氏、桓武平氏の末裔(を名乗る)伊豆北條氏などが著名な子孫となる。
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元々は源氏一族と共に朝廷の傭兵として警護や軍務に従事していたが経済力と軍事力の充実と共に貴族化し、清盛の父忠盛の頃から政治的な影響力を持つようになった。壇ノ浦で平家一門が滅亡し覇権が鎌倉幕府を開いた源頼朝に移り、その死後は平氏の末裔として権力を握った北條一族が繁栄し、弘安三年(1333)になって清和源氏である足利尊氏と新田義貞に滅ぼされた...「太平記」は鎌倉時代から南北朝時代の騒乱について、「源氏と平氏の覇権争いが底流にあり、源平が互いに興廃を繰り返した」、そんな描き方をしている。
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葛原親王を継いだ桓武平氏には高望王の他に善棟王と高棟王があり、善棟王の子孫は無名だが高棟王流の桓武平氏は公家として京都で活動している。「平」の姓は桓武天皇が建設し遷都した「平安京」から名付けたと考える説が有力らしい。平の和訓(日本語読み)は多比良、そう言えば若い頃の友人に「多比良」という奴がいたなぁ...当時は「変な姓だなぁ」と思ったが、こんなに由緒正しい家柄と知ってたら親しく付き合うべきだったかも知れないね。

※ 下段に貞季から山木判官兼隆に続く伊勢平氏庶流を記載した。



50代桓武天皇─┬─安殿親王(51代平城天皇)──52代嵯峨──53代淳和──54代仁明──55代文徳──56代清和天皇─┬─57代陽成天皇・・・・・
        │                                                   │
        ├─朝原内親王(伊勢斎王・後に異母兄の平城天皇妃)                            ├─貞保親王、貞辰親王、貞数親王、貞平親王、貞固親王、貞元親王
        │                                                   │
        ├─良岑安世(臣籍降下し大納言まで昇進)                                 ├─貞純親王──経基王(源経基)──源満仲──清和源氏諸流へ・・・・・
        │                                                   │
        ├─神野親王(52代嵯峨天皇)                                      └─貞頼親王、貞真親王、源長監、源長頼、源長献、源戴子、源長淵・・・・・
        │                                                                  
        ├─大伴親王(53代淳和天皇)                          
        │
        ├─高志内親王(異母兄の淳和天皇妃)
        │
        ├─葛原親王(桓武平氏の祖)─────┬─高棟王─┬─平惟範┬─時望─(この系統が所謂 高棟流堂上平氏。間に6代を挟んで)─知信──時信──時忠(姉が清盛の継室時子(建礼門院徳子の母・二位尼)、弟が親宗(後白河近臣)、妹が滋子(後白河法皇妃・高倉天皇の生母)、子は時実、時家、蕨姫=義経側室)
        │                 │     │    │
        ├─伊予親王(反逆の冤罪を受け自殺) ├─善棟王 └─平季長└─伊望── 子は統理・善理・実望
        │                 │
        └─他               ├─高見王(実在は疑問視される。一部系図は「高望王=高見王の子」とするが、ここでは「高望王=葛原親王の子」とする通説に従う)
                          │
                          └─高望王─┬─国香─┬─貞盛─────────┬─維叙───永盛───頼義
                            (平高望)│    │            │
                                │    ├─繁盛─┬─兼忠   ├─維将───維時───直方───維方───盛方(阿多美)───熊谷直貞───直実──直家──直国──直時──直高──直満──直経──直明──在直──信直──堅直
                                │    │    │       │
                                │    └─兼任 ├─維茂───┐├─維敏
                                │         │      ││
                                ├─良兼─┬─公雅 └─維幹   │├─維衡───正度─┬─正衡───正盛──┬─忠盛(正室は家盛の実母で清盛の継母池禅尼)─┬─清盛─────┬─重盛(病死)───────────────────────┬─維盛(=惟盛。都落ちに同行せず戦線を離脱し那智の沖で入水自殺、他にも諸説あり)───六代禅師
                                │    │ (安房守→武蔵守)  ││         │          │                      │        │                             │
                                │    ├─公連        │└─維幹───為幹 └─貞季       └─忠正────┬─長盛──長光・・・服部氏 ├─家盛(早世)  ├─基盛(早世)────────────────────┐  ├─資盛(壇ノ浦で入水自殺)
                                │    │           │                             │              │        │                          │  │
                                │    └─公元        └────────┬─繁貞                 ├─忠綱           │        ├─宗盛(篠原宿で斬首)─────────────┐  │  ├─清経(平家都落ちの後に豊前国柳浦で入水自殺)
                                │      (押領使として下総で将門残党を追討)  │                    │              │        │                       │  │  │
                                ├─良将─┬─将門─┬─良門(伝説上の人物か)    ├─繁兼                 ├─正綱           │        ├─知盛(壇ノ浦で入水自殺)────────┐  │  │  ├─有盛(壇ノ浦で入水自殺)
                                │    │    │               │ →越後平氏→             │              │        │                    │  │  │  │
                                │    │    └─将国(後世の安倍晴明説あり) ├─繁成──貞成──資国─┬─資永─資盛 ├─通正──盛衡・・・戸沢氏 │        ├─重衡(南都で斬首)────────┐  │  │  │  ├─師盛(壇ノ浦で討死)
                                │    │                    │ (繁茂)     (助国)│       │              │        │                 │  │  │  │  │
                                │    ├─将頼(将門に従って相模で敗死)──将兼 └─繁職         ├─助職   └─正持──正行・・・仲根氏 │        ├─知度(倶利伽羅峠で討死)     │  │  │  │  ├─忠房(壇ノ浦で捕虜となり斬首)
                                │    │                                 │                      │        │                 │  │  │  │  │
                                │    ├─将平(秩父に逃れた、と。皆野町の円福寺に墓あり)         └─坂額(浅利義遠(与一)室)          │        ├─清房(一ノ谷で討死)       │  │  │  │  └─宗実(平家都落ちに同行せずに出家、その後鎌倉に召還される途中で断食し死亡)
                                │    │                                                        │        │                 │  │  │  │
                                │    ├─将為(将門に従って敗死)                       助職=助茂、資職、長茂、永茂、永用   │        ├─徳子──81代安徳天皇      │  │  │  ├────行盛(壇ノ浦で入水自殺)
                                │    │                                                        │        │                 │  │  │  │
                                │    └─将武(将門に従って甲斐で敗死)                                         │        ├─盛子(摂政近衛基実室)      │  │  │  └────藤原季能(歌人として知られる。娘が藤原定家の室)
                                │                                                             │        │                 │  │  │
                                ├─良文─┬─忠頼──忠常──子孫は秩父平氏(河越・畠山)、房総平氏(上総・千葉)、中村党(土肥・土屋・小早川)などの系へ。    │        ├─冷泉隆房室           │  │  ├───────清宗(壇ノ浦で捕えられ、近江国篠原宿で父と共に斬首)
                                │    │                                                         │        │                 │  │  │
                                │    │                                                         │        ├─近衛基通室           │  │  ├───────能宗(壇ノ浦で捕えられ、六条河原で斬首)
                                │    │                                                        │        │                 │  │  │
                                │    └─忠光──忠通─┬─村岡忠輔                                          │        ├─廊御方(母は常盤)        │  │  └───────平通盛室(夫の後を追い入水自殺)
                                │             │                                               │        │                 │  │
                                └─良正─┬─公雅?    ├─三浦為通─┬─為継──義継─────┬─義明────┬─義澄───┬─義村─┬─泰村    │        ├─花山院兼雅室          │  ├──────────知章(一ノ谷で奮戦後に討死)
                                     │         │      │            │       │      │    │       │        │                 │  │
                                     ├─公義     │      ├─為直         ├─義行(津久井)├─大多和義久├─胤義 └─光村・胤村 │        └─坊門信隆室           │  ├──────────知忠(平家滅亡の時は4歳、17歳(または21歳)の時に平家再興を図って察知され討たれた)
                                     │        │      │            │       │      │            │                          │  │
                                     ├─致成     │      ├─為俊         ├─為清(葦名) └─佐原義連 └─友澄・重澄      ├─経盛─────┬─経正(一ノ谷で討死)       │  ├──────────知宗(幼かったため殺されず、官職に就いた後に72歳で死去)
                                     │        │      │            │                             │ (壇ノ浦で自殺)│                 │  │
                                     │        │      └─鎌倉景通室      └─義實(岡崎)─┬─余一義忠───岡崎実忠       │        ├─経俊(一ノ谷で討死)       │  └──────────藤原範茂室(夫は後鳥羽上皇の近臣。承久の乱で鎌倉側と戦って捕えられ相模国早河で刑死)
                                     │        │                           │ (佐奈田)              │        │                 │
                                     │        └─鎌倉章名─┬─良名                 └─義清(土屋宗遠の養子へ)       │        └─敦盛(一ノ谷で討死)       └─────────────良智(鶴岡八幡宮寺の供僧。公暁の実朝暗殺に関する取調べを受けたが嫌疑なし。出典は「鶴岡八幡宮寺供僧次第」の一部「鶴岡八幡宮寺供僧次第」)
                                     │               │                                        │
                                     └─致頼─┬─致経       ├─景通──梶原景久─────景清────┬─景時───┬─景季───景望    ├─教盛─────┬─通盛(一ノ谷で討死)─────────────────────通衡?
                                          │          │                    │      │            │ (壇ノ浦で自殺)│
                                          ├─公親       ├─景村                 └─朝景   └─景高・景茂・景義・景宗│        ├─教経(吾妻鏡は一ノ谷で討死、平家物語は壇ノ浦で入水としている。四国に落ち延びた説もある。)
                                          │          │                                        │        │
                                          ├─公致       └─景成──景政(権五郎)─┬─景継(大庭)──景宗(甥?)─┬─景義───景兼    │        ├─業盛(一ノ谷で討死)
                                          │                       │              │            │        │
                                          └─致光                    └─景門           ├─景俊(豊田)      │        ├─仲快(14歳で出家した天台宗青蓮院の僧。一門と共に都落ちし壇ノ浦で捕虜となって伊豆配流、赦免後は高僧として朝廷と幕府双方の崇敬を受けた。)
                                                                                 │            │        │
                                                                                 ├─景親(大庭)      │        ├─源通親側室(通親は村上源氏嫡流で平安末期~鎌倉初期の大物政治家)
                                                                                 │            │        │
                                                                                 └─景久(俣野)      │        ├─藤原成経室(成経は鹿ヶ谷事件で配流、その後官職に復帰)
                                                                                              │        │
                                                                                              │        └─藤原範季室(範季は後白河法皇の近臣で従二位)
                                                                                              │
                                                                                              ├─頼盛─────┬─保盛(庶長子。父に従って都落ちしなかった)──────────子に高頼・頼清・保教ら。
                                                                                              │(鎌倉に亡命)  │
                                                                                              │        ├─為盛(倶利伽羅峠で討死説などあり)──────────────俊盛
                                                                                              │        │
                                                                                              │        ├─仲盛
                                                                                              │        │
                                                                                              │        ├─知重
                                                                                              │        │
                                                                                              │        ├─保行
                                                                                               │        │
                                                                                              │        ├─光盛(父に従って都落ちせず頼朝の庇護を受け従二位まで昇進。後に実朝の右大臣拝賀に同行し公暁による暗殺を目撃)
                                                                                              │        │
                                                                                              │        ├─静遍(真言密教~浄土宗の僧)
                                                                                              │        │
                                                                                              │        ├─藤原基家室
                                                                                              │        │
                                                                                              │        └─平清宗室
                                                                                              │
                                                                                              ├─忠度(一ノ谷で討死)──忠行
                                                                                              │
                                                                                              ├─藤原親政室
                                                                                              │
                                                                                              └─源有房室
兼忠(繁盛)─┬─維良
       │
       ├─維茂─┬─繁貞・・・・・・・・・奥山氏に続く。子孫に阿仏尼
       │    │
       │    ├─繁兼
       │    │
       │    ├─繁茂(繁成・重衛)・・秋田城氏に続く。
       │    │
       │    └─繁職
       │
       ├─高衡
       │
       └─兼衡───盛兼─┬─信兼─┬─兼隆(山木判官)・・・・・・子孫が秩父に土着して八巻氏・山木氏の祖になった、との説あり。
         (庶子?)    │    │
                 └─経隆 ├─兼衡
                      │
                      ├─信衡
                      │
                      └─兼時

         維良と維茂は同一人物説あり。
         維茂は貞盛(父繁盛の兄)の養子になっている。
         信兼の息子 兼衡・信衡・兼時は元暦元年(1184)8月の三日平氏の乱で義経の堀河邸に呼び出され殺されている。