逃げる頼朝は一杯水から阿多美(熱海)へ 

 
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若い日の 頼朝伊東祐親の討手を避け、宇佐美長谷観音網代赤根崎→ 梅の木沢を経て伊豆山権現→ へ逃げる途中の「一杯水」で喉の渇きを癒した。
ここまで来れば大丈夫、山を下った頼朝は麓に楠の大木を見つけ、その下の小さな祠に参拝して武運を祈った。それが今宮神社 (祭神は事代主神と大国主神)
で由来は不明だが仁徳天皇 (在位:313〜399年、もちろん神話の世界) の頃の創建と伝わる(地図)。
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本殿の裏手に聳える楠は樹齢4〜500年程度だが...平安末期に大木だった楠のひこばえ(参考・外部リンク)だと思うことにしよう。
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今宮神社が建つ和田地区は熱海温泉街の南寄りを流れる和田川の流域で、阿多見聖範の孫の時方が聖範の本拠伊豆山から阿多見の和田に移り和田四郎大夫を
名乗った、更に時方の子・時家の代になって韮山北條に移り地名の北條を姓にした、と伝わっている。時政以前の北條氏系図は捏造が多くて信頼できないが、
頼朝と北條が思わぬ場所で接していた可能性はある。
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           左: 熱海は市街地も周辺も道路が狭くて坂道が多い。今宮神社の周辺も同様に、車が使いにくいし自転車では息が切れる、全く探訪泣かせだ。
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           中:「一杯水」で休憩した後に山を下ってきた頼朝が立寄った来歴を想わせる、巨樹に囲まれた静かな佇まいの社殿。雰囲気は良い。
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           右: 今宮神社社叢は市の文化財に指定されている。まぁそれ程珍しいものではないし近くへ来たら寄っても良いか...程度だけれども。


     

           左:本殿の前から参道を振り返る。海に向って下る傾斜地なのでもう少し展望が楽しめると良いが、人家の密集地では望むべきもない。
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           中:神社の創建は仁徳天皇(古事記による在位は西暦393〜427)の頃と伝わる。社殿裏の今宮大楠の樹齢は4〜500年程か。
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           右:神社に近いバス通りから見る背後の山並み。一杯水は写真の左方向(南)、直線で約1.5kmほどの距離がある。

この頁は2022年 7月15日に更新しました。