円成寺(公式サイト)にあって老朽化した多宝塔の初層部分を大正末期に解体し、移設して立て直したもの。
真言宗の円成寺から臨済宗の長寿寺に譲られた経緯は判らないが、堂内に祀る観音菩薩立像は中国元時代(1271〜1368)の造像で戦前に日本に
入ったもの、と伝わる。本堂と本尊が両方とも本来の姿ではないのは寂しい限りだが、これも世の習いか。
京都で没した尊氏の遺髪を葬った墓石と伝わる。墓は京都の
等持院(wiki)にもあり、尊氏の法名は京都では等持院殿仁山妙義大居士、鎌倉では
長寿寺殿仁山妙義大居士長寿寺殿が使われている。
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※矢傷: 晩年に対立して滅ぼした実弟の直義の養子・直冬(尊氏の庶子)と戦った文和三年(1354)の合戦で負傷、これが悪化したらしい。
この頁は2022年 9月 6日に更新しました。