祭神は豊受姫命(とようけひめのみこと)、食物や穀物(神の名で「うけ」)を司る女神である。後に稲荷神と習合して同一の神と考えるようになった。
東本町の旧名は二日町、毎月二日に市が開かれたのが地名の由来で、間眠神社は市を守護する神でもあった。地元では「まどろみさん」として親しまれている。
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古い時代・もちろん鎌倉時代よりはるか昔に韮山長崎(蛭ヶ小島の北2km・
地図)にあった稲荷の祠が狩野川の氾濫でこの地に流れ着き、元の場所に戻そうとしても
動かなかったのでそのまま祀ったのが神社の創建と伝わっている。その縁により8月1日の例大祭には長崎から重量80kgの大注連縄(おおしめなわ)が奉納される。
編むのに手間が掛かるため木彫りの注連縄に変えたところ疫病が蔓延し、これを神罰と受け止めて藁の注連縄に戻した、と伝わる。
ちなみに、鎌倉幕府の樹立後に
頼朝 は長崎の地を三嶋大社に寄進した、らしい。