蓮着寺の創建は永正五年 (1508)、伊勢新九郎 (後の北条早雲) が相模を平定しつつあった時代で、日蓮宗 (法華宗) は既に宗教界の主流になっていた。創建の前にも無人の堂があったと伝わるが、僧侶が常駐する寺となったのが永正五年、この地を治めていた小田原北条氏の家臣・今村若狭が海沿いの70町歩を寄進し、日蓮を祀る祖師堂を建てたのが最初と伝わる。
開山和尚は正乗院日云、日蓮聖跡を訪ねて領主に勧進を求めた。後記する「弥三郎伝説」はこの頃から広まったのだろう。
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※本満寺御書: 広布山本満寺は京都鶴山町の日蓮宗名刹で室町時代の応永十七年(1410)創建。
御書は十二世日重(1549〜1623)が著した教書で、権力者とのトラブルを避け宗門存続のために秀吉と融和し方広寺大仏殿の千僧供養会への参加を受け入れた内容である。日蓮が説いた教義の根幹である不受不施※の主張を曲げなかった日奥は寺から退去した。
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※不受不施:「法華宗信者以外からの布施を受けず、法華宗信者以外の供養をしない」、やや教条主義的だが教義の神髄でもある。
道の駅くりもと(別窓)で少しだけ触れた。
日蓮は特に宗派を名乗らず、生前は「自分は法華経の行者である」とだけ宣言したのだが...権威と組織の発展に従って権益が発生し、その権益を巡るトラブルが派生するのは宗教も北朝鮮も政界も同じレベルなのだろう。日蓮宗 (法華宗) の教義を巡る内部抗争の歴史も興味深い。
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ジョン・アクトン (wiki) の言葉
「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」 を引用するまでもない。
それに、創価学会や公明党の連中が偉そうに正義を語っているのを聴くと虫唾が走る。自民党の飼い犬が、何様のつもりだ、まったく。