壬生門前の掘割から朱雀門を眺める。奈良時代後期には平城京の西側(朱雀門側)は衰退し、
東側の右京に役所などの中枢部分が集まったため壬生門が実質正門の機能を果たしていた。
堀の左側部分が二条大路、右の壬生門石組みから朱雀門へ高さ5.6mの築地塀があった。


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