平安時代末期に甲斐源氏が通った古道、若彦路 

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駿河から甲斐国に向う...つまり太平洋側の静岡県から山梨県に入る一番西側のルートが興津(古名は奥津)を起点とする国道52号で、これは古道の河内路(駿州往還)に
該当する。富士宮にある日蓮宗総本山の 大石寺 (wiki) への岐れ道を過ぎると登坂車線以外は全線が追越し禁止の片側一車線、起伏もカーブも少なくて走りやすい。

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次のルートが富士宮から朝霧高原を経て河口湖の南を通る観光コースの国道139号の右左口路(中道)で、白糸の滝近くの人穴で鳴沢から南下して来た県道71号と合流する。
この県道71号が概ね最も古くから利用された若彦路のルートとほぼ重複する。
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沿線には まかいの牧場(公式サイト)や道の駅 朝霧高原(別窓)など観光施設が点在している国道139号と違って入口の人穴から鳴沢村まで殆ど何もないが、ヤマトタケルの
伝説や甲斐源氏が栄えた時代に想いを馳せつつ、一度ぐらいは通ってみても良い。
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ルート中間の富士ヶ嶺地区はかつての上九一色村で、悪名高いオウム真理教のサティアン(サンスクリット語で真理を意味する)群がこの周辺に点在していた。
人穴で県道71号に入ってから約9kmのT字路(案内表示あり)を左折して500m先にはサティアンの跡地を利用して整備した静かな富士ヶ嶺公園が広がっている。
教団のリンチで命を落とした若い信者を慰霊する碑などもあり、狂気の事件を長く記憶する施設になっている。時間があれば立ち寄ろう。


     

           左: 白糸の滝を過ぎて人穴から県道71号で北上。暫くは牧場などが点在するがやがて道は樹海に囲まれ、正面には富士山の側火山で独立峰っぽく
見える大室山(1468m)が聳える。若彦路は大室山の西を迂回して鳴沢村を過ぎ、西湖と河口湖に至る。
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           中: 大室山の西、県道71号に一ヶ所だけの駐車場兼・展望台から。左の竜ヶ岳(1485m)と右奥の烏帽子岳(1257)の間に本栖湖が見える。
この画像では不鮮明だが空気の澄んだ季節なら本栖湖の背後には50kmも離れた南アルプスの白根三山も眺められる。
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           右: 貞観八年(866)に富士山の北西斜面・大室山付近で起きた大規模な割れ目噴火は本栖湖までマグマを押し出して溶岩流台地を造り、これが
これが青木ヶ原樹海の地盤となった。噴火の300年後にここを通った甲斐源氏はどんな風景を見たのだろうか。


この頁は2022年 8月 3日に更新しました。