新田義貞の首塚が残る善昌寺 新田家執事・舟田義昌の菩提寺でもある。 

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応仁記に拠れば、善昌寺の前身である大同寺の創建は大同元年(806)、天台宗の開祖である 伝教大師 最澄 が勅願を得て上野国に下向した際に弟子の宥海が
創建した。これは朝廷が天台宗を正式に公認した年にあたる。
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同じ赤城山南麓の3km西には延暦20年 (801) に僧 道輪により 山上多重塔(桐生市教育委員会) が建立されており、比叡山に一乗止観院(延暦寺の古称)が
創設された延暦22年(803)と併せて考えると、東国布教の拠点だったとも考えられる。
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  ※応仁記: 応仁の乱(1467〜1477)を描いた軍記物語で成立は15世紀末から16世紀中盤、実際の記述は勃発から文明五年(1473)まで。
作者は不詳だが、宗教的比喩なども多いことから、戦乱の経緯を熟知した京都近辺の僧侶か公家と推定されている。
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一説に 新田義貞 の首級は側近の桃井某が上野国に持ち帰って新田家執事だった舟田義昌に預け、義昌は首級を大同寺に葬り供養の生涯を過ごした、とも言われる。
しかし義貞討死は延元三年(1338)7月、一方で義昌(舟田入道)は建武三年(1336)1月16日の京都三条河原合戦で戦死しているから義貞の首を葬る
のは無理で、葬ったのは善昌寺中興の祖・舟田善昌と推定される。つまり義昌云々は間違いで、義昌の子・善昌が父と義貞の遺骨を廃寺同然だった大同寺に葬り、
善昌寺と改称して再興したと思われる。善昌寺には義宗の墓もあるのだが、これは確認を忘れてしまった。
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義宗の墓も義貞と同様に各地にあるので追い掛けたらキリがない、正平23年(1368)に うつぶしの森 (沼知氏のサイト) で足利勢の矢を右眼に受けて討死し、
舟田長門守経政が近くの雲谷寺(地図)に葬ったとの史料があり、更には生き延びて奥州に逃げたとか、所沢に定住したとか、様々な伝承がある。
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  ※舟田善昌: 系譜は確認できていないが新田家の執事を務めたのが義昌(館跡は新田の世良田)で義貞の個人的執事が善昌だったらしい。
善昌の子・舟田経政が義貞の三男義宗(1331〜1368)の執事を務めているから、多分義昌と善昌は親子の関係だろう。
義昌(舟田入道)は太平記の鎌倉攻防戦にも攻め手の将として登場している。塩田流北條氏の親子(塩田国時・藤時・俊時)の自刃を確認した
家臣の狩野重光が遺品を盗んで円覚寺に隠れたのを捕縛して首を刎ねた、如何にも軍記物語っぽいシーンだ。
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新田には伝・勾当内侍の墓と並んで義貞の五輪塔もあるし(勾当内侍 が義貞を葬った、と)、獄門から首を盗み出した話も多いし、義貞の墓は茨城県竜ヶ崎市や
福井県の坂井市・福井市・本領の太田市新田など多数あるし。あまり真剣に探さず伝承として尊重すれば良いのかも知れない。
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廟所中央の五輪塔は基台を含めて高さ2m強の安山岩で、他に並んでいる凝灰岩製石塔に比べて遥かに大きい。
住所は桐生市新里町新川2728(地図)、交通の便はかなり悪いエリアで、かなり余裕のある駐車場を備えている。


     

              左: 周辺から見ると高低差が約30mの馬蹄型丘陵にある善昌寺。明らかに中世館跡の地形で、義宗墓所は右手の墓地にあるらしい。
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              中&右: 中央の凹地から参道の石段へ、更に石畳を経て山門への石段が続く。道路は広くないが左右両側に広い駐車場を備えている。


     

              左: 緑に囲まれた山門は比較的質素な造り。山号は新光太平山で宗派は鎌倉・室町幕府と関係の深い臨済宗、円覚寺派に属する。
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              中: 本堂の扁額は珍しく縦書きで、揮毫者ではなく寄贈した前橋市の工作機械商社の創業者・藤生啓吉の姓名が書かれている。
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              右: 本堂の右手を迂回して更に石段を登った高みに義貞と近臣の廟所がある。首塚の碑には「義貞の首は丹局を経て善昌に届いた」云々の記載があった。
善昌が義貞の石塔を建て、併せて近年に戦死した一族と家臣の慰霊墓を建て十三回忌を営した、と。


     

              上: 中央に義貞首塚の五輪塔を置き周囲に一回り小さな石塔を配した廟所の内部は凄絶と言うか、少し異様な雰囲気を醸し出している。
残念ながら、この画像ではその様子を正確に表現できていない。耐候性に優れた安山岩で造られた中央の五輪塔は変形も劣化も見られないが、
その他に並んでいる大小の石塔は概ね凝灰岩製でかなり風化が激しく、原形を失いかけた姿も多い。あたかも野晒しになった武者の遺骨を思わせる
ようで...背筋が凍るような感覚に襲われるのだ。

この頁は2022年 9月 4日に更新しました。