石川県にある 22駅の中で 21番目に開業した駅   すず塩田村 

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【 NHKの朝ドラ「まれ」で一躍脚光を浴びた揚浜塩田の駅。体験塩田もあり、能登の最先端も近い。 】

鳥瞰図
「千枚田ポケットパーク」は駐車場が狭すぎて落ち着いて過ごせるような場所ではないし、「狼煙」もあまり面白くない。中間にある「すず塩田村」なら落ち着いたP泊が楽しめる、と思う。
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ただし物販機能もゼロに近いし、道の駅にも周辺にも食堂もコンビニもないから、それなりの準備は欠かせない。町中で比較的便利な「すずなり」を選ぶか静けさを優先して「すず塩田村」にするか、ちょっと迷うところだ。
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いずれにしろ能登半島の先端にある道の駅「狼煙」までは約23km、北上するルートを少しだけ外れた山の中(地図)には源平合戦に敗れて能登に流された平時忠(清盛の後妻の弟)の住居跡と廟所が保存されているから、少し寄り道して立ち寄ると良い。姓を時国に改めた子孫は名海運業で莫大な財を築いて繁栄、その屋敷の見学も面白い。
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折角の能登半島、輪島から海岸沿いを周遊して能登島から和倉温泉に南下しよう。北半分の売りは海の風景と新鮮な魚料理と少々の観光スポット程度だが、能登島周辺まで戻ってくると見所はかなり増える。日数に制約がある場合には見るべき場所を厳選または取捨選択して置くのも旅の知恵、だと思う。例えば羽咋からスタートして時計回りに能登を周遊して氷見に戻ると走行距離は300km近い。一日ではとても無理だからね。

基本データ

珠洲市仁江町1字12-1  0768-87-2040  休業:年中無休  国道249号沿  日本橋から一般道で 497km

リンク先

近くの駅は

千枚田ポケットパーク:14km  すずなり:20km  狼煙:23km  輪島:24km  桜峠:29km  能登空港:36km  赤神:51km

駐車場

公称は大型車6台+普通車30台、朝ドラの影響で最近の休日は結構混雑しているらしい。観光客ではなく一過性の野次馬だね。

騒 音

夜間の通行量はごく少なくて静か。向い側のサブPなら沈む夕陽を肴に一杯呑んで静かなP泊が楽しめるね。

物 販

9時〜17時、製塩関連商品が殆どで興味がある場合以外は面白くない。塩に関する資料館だけと考える方が良い。

食事処

食事の施設なし。近くにも食事ができる施設なし。

軽 食

施設なし、自販機のみ。

休憩施設

情報コーナーを兼ねた狭いスペースあり。サブPの緑地に東屋があり、暖かな季節ならば快適に過ごせる。

トイレ施設

24時間トイレはサブ駐車場にある。施設はごく普通で管理にも問題ない。障害者兼用のみウォシュレットを備えている。

入浴施設

周辺に立ち寄り温泉は見当たらない。

犬の意見

山側に伸びている細道はあまり快適ではない。敷地の下は岩磯だが200mほど向って右手に歩くと水遊び向きの砂浜がある。

近隣の見所

「日本の夕陽百選」の一つ・仁江の落日(観光サイト)まで400m。まぁ能登半島の西海岸なら海に沈む夕陽はどこでも美しい。
西へ10km離れた山中に壇ノ浦合戦で捕虜となり能登流罪となって没した平時忠の子孫が守り続けた廟所が残っている。
  繁栄した子孫の姿を現在まで伝える上時国家(公式サイト)は一見の価値あり。

P泊する時の
総合評価
  ★★★★★★   海を見ながら静かなP泊も悪くない、と思う。


     

        左:
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        中:
        右:西へ10km離れた山中に平時忠の子孫が守り続けた廟所が残っている。源平合戦に敗れてこの地に流された時忠の家系は能登で繁栄を続け、
海運業などで莫大な資産を築き上げた。「時国」の姓を名乗り、現在まで800余年も続いている(共にサイト内リンク)。


     

        左:国道沿いの駐車場から100mほど下った平地が時忠の住んだ跡と伝わる。まさに「烏に導かれて川の上流の則貞へ」に符合する地だ。
        中:廟所の墓石は11基、傍らの碑には初代の大納言時忠から十一代時兼までの名が刻んである。右から2番目の大きな五輪塔が時忠らしい。