義国が創建したと伝わる冠稲荷神社 

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新田氏の祖である 義重 の父 源義国 が天治二年(1125)に男山八幡宮(石清水八幡宮の別称)を祀った岩松館の鬼門(北東の方向)に源氏の守護神として建立したと伝わる。
承安四年(1174)には鞍馬寺から 藤原秀衡 を頼って奥州平泉を目指した 九郎義経 が立ち寄った。深夜の社殿に瑞光を見て源氏に縁のある地と知った義経は元服した際に烏帽子の中に
勧請していた 伏見稲荷大社(公式サイト)の分霊を社殿に納めて祀ったという。境内の井戸は義経が無事を祈って斎戒沐浴した湧水の名残りと伝わる。
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元弘三年(1333)5月(太平記に拠れば8日)、新田義貞 は挙兵に当たってここに参詣し、兜の中に神仏の来臨を請うて戦勝を祈った。境内にはその時に義貞が植えたと伝わる金木犀の巨樹が残っている。
それとは別不老長寿とボケ防止の御利益がある樹齢400年のボケの樹が知られている。
住所は太田市細谷町360(地図)、無料駐車場あり 拝観無料


     

              左: 冠稲荷神社の境内案内図。立派な結婚式場や幼稚園など多角経営に励んでいる宗教法人だが、境内社の多さも特筆できる。
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              中&右: 南参道から真っ直ぐ拝殿へ。右にボケ防止に効能ありとされる木瓜(ぼけ)の大木、すぐ前には承安四年(1174)に秀衡を頼って奥州を
目指した 義経 が白狐に導かれ水を浴びた井戸「義経の神水」がある。義経は冠(烏帽子)の中に納めていた伏見稲荷の護符を納めて再び旅立った。
この時から冠稲荷の名が定まった、と伝わっている。まぁ素直に信用できる話ではないが。


     

              左: 本殿は元禄三年(1690)に再建された荘厳な三間社流れ造り。ちょっと派手だが煌びやかな装飾が流行した元禄の世を髣髴とさせる。
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              中: 県指定の天然記念物・樹齢400年の木瓜。3月下旬には320余の株から真紅の花が咲き乱れる。木瓜とボケ、只の語呂合わせだよね?
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              右: 新田義貞の手植えと伝わる高さ15mの金木犀。伝承通りなら樹齢700年弱だが、まだまだ勢がある。9月下旬の花期に訪問したい。

この頁は2022年 9月 3日に更新しました。