頼朝挙兵から180年後の室町時代、
足利高氏(尊氏) の次男・基氏(1340〜1367)は鎌倉公方として関東10ヶ国を支配し、その執事を勤めたのが
伊豆守護で修禅寺城主の畠山国清(?〜1362)。後に基氏に叛いて修禅寺の城山に籠城したが敗北して落ち延び、零落の果てに京都山城で没したと伝わる。
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彼がが開いた国清寺は小さな律宗寺院だったが慶安元年(1368)に関東管領の上杉憲顕の寄進を得て修復し、開山和尚に無礙妙謙を迎えて禅宗に改めた。
室町幕府三代将軍足利義満(在職:1368〜1394)の時代には子院が78、関東十刹に数えられるほど巨大化している。臨済宗円覚寺派、広い境内を持つ
大きな古刹だが、無住である。