伊東祐親 の討手を逃れて
宇佐美 から
網代 へ下り、小舟で
赤根崎 へ。
頼朝 主従は赤根崎から険しい山道を登り、ここで一休みした、と伝わっている。かつては網代の津と阿多美郷(現在の熱海)を結ぶ本街道が通っていたらしいが、その真偽は判らない。現在の海沿いルート(国道135号)は断崖絶壁とトンネルが続く難路だから、平安末期の本道は山を越える
東浦道だったはずで、その意味ではこのルートを「頼朝ライン」と呼ぶのは理に適っているかも知れない。
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一杯水苑地の周辺は樹木が茂る急傾斜だが、すぐ横の小さな山に登るとやや展望が広がり、眼の下に相模湾と初島が眺められる。谷を挟んで南側には古くから拓けた自然郷の別荘地が広がっている。
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赤根崎北側の長浜海岸は整備が進んで休憩施設や広い駐車場を備えた海浜公園になった。噂では「道の駅」の登録申請をするとかしないとか、そんな動きもあるらしい。道の駅になったら海水浴シーズンの駐車場無料開放はできないだろうけど。