伊東を逃れて伊豆山へ  頼朝一杯水 

 
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右:伊東から宇佐美を経て伊豆山権現までの鳥瞰図   画像をクリック→拡大表示
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伊東祐親 の討手を逃れて 宇佐美 から 網代 へ下り、小舟で 赤根崎 へ。頼朝 主従は赤根崎から険しい山道を登り、ここで一休みした、と伝わっている。かつては網代の津と阿多美郷(現在の熱海)を結ぶ本街道が通っていたらしいが、その真偽は判らない。現在の海沿いルート(国道135号)は断崖絶壁とトンネルが続く難路だから、平安末期の本道は山を越える東浦道だったはずで、その意味ではこのルートを「頼朝ライン」と呼ぶのは理に適っているかも知れない。
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一杯水苑地の周辺は樹木が茂る急傾斜だが、すぐ横の小さな山に登るとやや展望が広がり、眼の下に相模湾と初島が眺められる。谷を挟んで南側には古くから拓けた自然郷の別荘地が広がっている。
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赤根崎北側の長浜海岸は整備が進んで休憩施設や広い駐車場を備えた海浜公園になった。噂では「道の駅」の登録申請をするとかしないとか、そんな動きもあるらしい。道の駅になったら海水浴シーズンの駐車場無料開放はできないだろうけど。


     

           左: 赤根崎近くの国道から旧道に入り上多賀大川に沿って別荘地・自然郷に登る道から梅の木沢(古名)と一杯水のある方向を見上げる。
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           中: 頼朝ラインは熱海梅園と上多賀を結ぶバイパスを兼ねた観光道路。一杯水史蹟公園は道路に面し数台の駐車場とトイレを備えている。
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           右: 一杯水は駐車場から30mほど細い道を下った斜面に湧き出している。頼朝主従は多賀大川の上流を梅の木沢沿いに登ったことになる。


     

           左: この付近が長谷観音と阿多美郷を結ぶ旧街道だった。沢沿いに登って来て「喉を潤す水が無かった」のも変だけど。涸れ沢だったのかな。
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           中: 一杯水苑地の直下にはJR伊東線のトンネルが走っている。入口が国道135号に面している アカオ・ハーブ&ローズガーデン (公式サイト)の
遊歩道一番奥から一杯水までの距離は直線で約200m、数年前までは日本庭園が最も奥だったが、現在は更に上に野草園やプロポーズ・ガーデン
ができたから、ほぼ隣接状態だと思う。もちろん通れる道などないが、距離的にはかなり近い。ローズガーデンから高台の一杯水を見上げるのも
意外に面白いかも知れない。
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           右: 石垣からは清らかな水が滴り落ちている。駐車場にはトイレと水道があるが...まさか水道水じゃないだろうな、と気にかかる。


     

           左: 一杯水から少し北へ下ると直下に熱海市街地が見える。直線ならば次に頼朝が立ち寄った今宮神社までは約1km強の距離になる。
蛇足..一杯水から熱海梅園に下る手前の「あたみ百万石」は09年1月、北陸山代温泉の老舗ホテル百万石(本社)の倒産に伴って閉鎖となった。
2011年12月に星野リゾートが リゾナーレ熱海(公式サイト)としてリニューアル・オープンした。一泊二食2万円+α、中級の上クラスか。
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           中: すぐ眼の下に多賀、左隅に網代の町並み。意外にも山並みの背景に左から小室山・大室山・天城連峰なども眺められた。
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           右: 西側には東急が開発した自然郷の別荘地。こんな急傾斜に住むなんて考えられないが古い別荘地で、定住者はかなり多い。

この頁は2022年 7月15日に更新しました。